【連載】主不在の会社 番外
買収のあと、親会社から人が座る。三年見て、代表の席に就く。決裁は自分にある。場は、旧社の空気と、本社の作法と、前に実権を握っていた人の縁が、同時に残っていることが多い。
雇われだから経営が分からない、で終わらせない方がよいです。分からない核は、能力の前に根です。その会社が何を守って生きてきたかを読まずに、前任の水路を本流だと思い込む。縁を引き継ぐことが、統治に見える。
すると人材が、吟味されなくなります。問題のある席は手当で残る。遊んでいる管理職の給与だけが上がる。前の実権者のつながりから人が入り、要る人が切られる。刃は縁に向かない。縁のない現場に向かう。
支出も同じです。長い目で外してはいけない場所はスルーされ、役所の積み上げが残る。業者の言い値で修繕が重なる。豪華にしなくてよい場所が豪華になる。コスト感覚がずれているのではありません。測っている尺が、その土地の尺ではない。本社の体裁と、前任の縁と、自分の就任の顔です。
血の後継は、根はある。色の出し場所を、外観の土に間違える。
出向の代表は、根がない。歴史を知らないまま、他人の縁を場だと思う。
どちらも主不在です。空いている中身が違います。
印を持った人が先に読むべきなのは、戦略書ではありません。誰の縁で席が埋まっているか。どの修繕が、その会社の寿命のためか、誰かの顔のためか。手当で黙らせている部長は、何を見ないための装置か。
親会社の論理は、正しいことがあります。それでも、座った土地の歴史を読まない正しさは、現場では暴力になります。旧社の人間は、主が来たと感じない。別会社の管理者が、縁の上に座ったと感じます。そこで古参は守りに入り、要る人から先に消えます。
決裁は自分にある。場は、まだ誰のものか。買収のあとの代表席ほど、この問いが先です。カラーを出す前に、前任の水路を本流から外す。縁は資産ではない。吟味していない縁は、管理費と同じです。肥えるだけで、急変に耐えません。
血縁でなくても、主の席は空きます。空席の型が、二代目と違うだけです。
印は持っている。場は、旧社の空気と本社の意図が、同時に残っていないか。
同族に限りません。人生と事業の境界が消えたとき、主の席は空きます。
漏れている場所を先に見るなら、五行統理からどうぞ。空いた席を戻す作業は、統理鑑定で扱っています。
連載「主不在の会社」 同族に最も濃く出る、主権の空席。
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