神域再生 四柱遁甲・統理術師 名都王 紅伽
最近、足立育朗さんの『波動の法則』をわかりやすく考察した動画を見ました。
本そのものは、今でも「何の話か分からない」と言われることが多い。当然です。顕在意識の損得では読めない構造の本だからです。
私は二十数年前、まだ結婚前の夫がその講演会に行った話から、この本の存在を知りました。それから生活の軸にしてきました。今の神域再生・統理術の土台のひとつは、そこにあります。
ただし、私の統理術は足立さんの写しではありません。
「浄化調整」と呼んでいた時期から、自分で編み出したロジックで場を動かしてきました。今回、あの本の骨格を改めて言語化したとき、自分がずっとやっていたことの「構造」が、よりはっきり見えました。
ただのスピリチュアルではない。
再現性のある統理です。
数年前、足立育朗さんのワークショップに参加する機会がありました。そこでサンキャッチャーを作りました。
他の参加者は、ほぼ全員がスケッチブックに、インスピレーションで来たものを描く方法を選んでいました。
物を使い、糸で繋ぐ、ということをしたのは私だけでした。
足立さんでさえ、少し怪訝な表情で私の作品を観じてから、こう言いました。
「これは調和の取れた方向にある」
当時は、その一言の意味を、いまほど正確には言語化できませんでした。
今なら分かります。
物質そのもの、原材料を作る工程、流通の過程。
多くの物は、すでに不調和な振動を抱えて手元に来ます。
だから「清らかなものだけを使う」では足りない。
歪みを含んだままの物同士を、意志をもって関係づける。
繋ぐという行為そのものが、場の向きを調和側へ倒す。
私が何かをした。
その「何か」が、調和の方向だった。
足立さんのコメントは、作品の美しさへの感想ではありませんでした。
行為のベクトルを観じていたのだと思います。
他の参加者がやっていたのは、直観を平面に写す受信です。
私がやっていたのは、受信したうえで、すでに歪みを持つ物質を再配置する統理です。
ここに、今の仕事の原型があります。
土地も、家も、同族の場も、家系の糸も、同じです。
製造過程や歴史の歪みをすでに抱えたものを、切断して別世界へ逃げるのではありません。
繋ぎ直し、関係を再定義し、場の主権を本来の位置へ戻す。
かつての私は、これを「浄化調整」と呼んでいました。
いまは統理術と呼びます。呼び方が変わったのではなく、構造が言語になったのです。
受信する(直観・観じ)
既存の歪みを否定せずに見る
意志をもって繋ぎ直す
調和側へ場の向きを倒す
この四つは、サンキャッチャーの糸と同じ手順です。
塩も、植物も、土地も、会社のガバナンスも、手順は変わりません。
だから理解されにくかったのだと思います。
ベースに置いてきた本自体が、今でも「分からない」と言われる思考だからです。
分からない本を生活のOSにしてきた人間の術が、すぐ通るはずがありませんでした。
それは欠陥ではなく、前提です。
再現性がある、とは、誰でも同じ体験をする、という意味ではありません。
同じ構造で場を読める。
同じ手順で、歪みを関係の側から動かせる。
結果が「気分が良くなった」で終わらず、現実の配置が変わる。
これが、私が統理術を術として扱う理由です。
形は振動を運びます。
行為は場の向きを決めます。
決心して実行したことだけが、スタディになります。
二十年以上、その原則で生活してきました。
ワークショップの糸は、その原則が手に出た日です。
神域再生は、物語の装飾ではありません。
領域の主権を、構造として取り戻す仕事です。