母と娘は同じような道を行く?自分らしく居られるってどういうこと?

人の人生というのは面白くてですね、特に親子関係は実際に自分が検証できるということもあり、余計に面白くもあります。

自分が昔、親にやってきたことを娘が同じような年になって、同じようなことを言い、同じような反応をしているのです。

私の娘は今大学3年生でして、就職活動がそろそろ始まり、大学のほうではインターンシップ説明会のようなものが開かれてます。

どういった職種に就くかは、どこの大学3年生も悩ましいところだと思います。自分がどんなところが向いているか? どんなところがベストか?というのは、自分でもわからないものです。

先が見えないというのは、かなり心理的重圧となります。五月病は、そいうったストレスから来るのではないかと思います。大型連休もあってリズムが崩れがち。

長い休みも良し悪しですね。春のころ良い感じでスタートダッシュし、やっとリズムが出てきたところで長期休み。

やる気がとん挫してしまいます。何かの陰謀じゃないかと疑いたくなります。

それはさておき、そもそも就職のベストとは何を基準にしているのでしょうか?

給料が良い? 休みがたくさんある?福利厚生がしっかりしている?そういう企業はたくさんあります。就職する本人よりも、親の方が条件が一番!と考えていませんか?

いい大学に行って、いい会社に入り(いい会社=高収入で安定した有名企業)定年まで勤めあげれば安泰。そういう時代がありましたし、今の親世代はそういう価値観で育っています。

でも現実はどうですか? 有名企業に入れば一生安泰でしたでしょうか?

戦争終わり高度成長もピークが過ぎ、下降の一途の現在は、「いきいきと自分らしく居られる職種」がベストなのではないかと思います。

自分らしく居られるところであれば、多少の逆境感があっても耐えられるものです。それも自分へのチャレンジと、ポジティブに考えるはずです。

私は、観光専門学校に通っていましたので旅行会社に就職しましたが、観光専門学校へ入学したのもそのころ好きだった男性がそこの専門学校卒だったと言う、全くもって不純な動機でした。

旅行の勉強は面白くて好きで一生懸命しましたが、就職せずに家事手伝いをするつもりでいました。親もそれを容認する感じでしたが、ある日父が言った言葉でガゼン他へ就職する気持になりました。

「おねえちゃん(私のこと)は、経理が向いているようだから、うちの経理をやるといいよね」と。(実家は自営です。)

気楽にプー太郎生活をしようと甘い考えでいた私は・・・「経理? 冗談じゃない!!」と、猛烈な拒否反応を起こしたのです。

確かに小学生のころ、そろばん2級までチャレンジしましたので、計算だけは得意でしたが、当時は皆がそろばんを習ってましたし、だいいち、私は家でプラプラしたかったのです。

アルバイトいうのも、クリーニング屋でズボンのプレスをひたすらするとか、オフィスビル内にあるレストランでウエイトレスをやってみたりしたものの、スパゲッティの一皿を運ぶのもやっと。オーダーは間違えるわ、まったく良いところが見つかりません。

しまいに、カウンターの中でコーヒーを温めるという裏方に回されてホッとしたり。18,9の頃の私は、世間しらずの箱入り娘で社会に出るなんて全然自信がなかったのです。

そんな私は、家事手伝いを目指しながらも家の手伝いもせずに、母の作るおかずに文句をつけたりと、かなりとんでもない女子でした。

そんな私が、あっちこっちにぶつかりながらも母になり、当時の私と同じ年頃になった娘が、まったく同じようなパターンを踏襲しているのです。

20才のころはそんな甘ちゃんで、経理の仕事はまっぴらごめんといっていたのに、のちに経理財務を担当し何億のお金を動かすようになるなんて、人生わからないものです。

娘も、自分は働かないで専業主婦をするのが夢だ、などと言い出したり、おかずに文句をつけたり・・・生活態度も当時とよく似ています。

夫は、娘がますます私に似てきたと笑っています。かくいう私は、亡くなった母によく似て来たらしいです。

やっぱり就職はしないといけない、と思い直した娘ですが、まずは「良い条件」であることを希望しています。給料が良くて、安定していて、福利厚生がしっかりしていて・・・

いつか流行った結婚の条件、三高か???

まあ、その気もちはわかります。

でもですね、条件が良いだけで結婚するとろくなことがありません。条件という外面、形は常に変化しますね。条件というのは外見のみで、中身ではありませんね。

料理も見た目だけ良くてはだめで、味と素材のよさが一番大事です。見た目は良いほうがいいに決まっていますが、美味しくて、好みの味付けでなければ食べ続けられないですね。

甘いデザートばかりでも、甘すぎてずっと食べていられない。シンプルな美味しいごはん(お米)が一番長く食べられるのではないですか?

就職も例外ではなく、条件だけで決めてしまうのは危ういです。ひとつ、身近な例を挙げてみますね。

美人で魅力的な女性がいました。イベントコンパニオンなんかやっていたりね。英語が得意で、話すこともいとわず、感じがいい。

そういう人が旅行会社(や企画の会社)なんかに行ったら、きっと自分の良さを発揮できると思います。でもですね、その人は一般の商社に就職したのです。

なぜなら、条件がいいから。当時、旅行会社は給料が安かったのです。一部の大手旅行会社を除いて、諸条件はうんと悪かったのです。なので有名な某商社を選んだんですね、その方は。

大きな会社はいろいろな部署があり、それぞれが歯車で部品的存在になりがちです。部署も選べるわけでもなく、仕事内容も選べないというのが大きな組織の特徴です。

才能も有り、魅力のあるその人は、仕事が面白くないわけです。自分らしく居られないからですね。才能があるとか自信がある人は、すぐ表舞台に立ちたがります。

ある程度下積みを経験してからでないと、大きな仕事は任せてもらえません。大きな組織ではなおさらです。年功序列ですし、実力よりも根回しが大事だったりします。

そうなると、人が楽しそうに働いている姿がうらやましくなるものです。楽して働いている・・・という風に見えたり。他人の芝が青く見える?

美人で学歴もあり、魅力的で才能があるにもかかわらず、人がうらやましくて仕方無くなってしまうのです。もったいないですね、自分の良さを発見、発揮できない状態です。

結婚にしても、相手が無一文になっても一緒に居たいかどうかが、幸福な結婚でいられるかのポイントになります。その時条件が良くても、人生何があるかわかりませんからね。

そういう昔のことを思い出して、私は娘に「条件だけではダメなんだ」ということを、こんこんと伝えています。また、その子の「命(めい)」生まれながらの特性や生き方の方向性をしっかり見極めることが重要です。

自分らしく居られるというのは、まさに「命(めい)」なのですから。

「命(めい)」というのは、生年月日時の生まれた瞬間に漂うエネルギーを受けた、その子のブループリントです。今世の人生の羅針盤のようなものです。

命に適した働き方を選ぶと自分らしく居られ、幸せを感じることが多くなります。また、自分の魅力を発見する近道でもあるのです。

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