豊穣の神と海の女神。まゆと玉

昨日に引き続き、宗像三女神に関連するお話です。またまた不思議なことがありました。横浜で用を済ませた後、車で磯子方面へ向かう途中で目に入ったところが、伊勢佐木町の厳島神社でした。

 

 

伊勢佐木町は、桜木町から磯子方面に伸びるエリアにあり
横浜エリアの歓楽街ですが、そこに、厳島神社があり、関内総鎮守という大そうなお社のようです。


あら、ここにも厳島神社?先日通りかかった茅ヶ崎鶴嶺八幡宮も、入り口すぐに厳島神社がありました。関内のすぐ向うは海ですから、厳島神社があっても不思議じゃないですね。

「今から840年ほど前の治承年中、西暦にすると1177年頃。源頼朝が、伊豆国土肥杉山(現在の伊豆市土肥)にあった杉山弁財天を、横浜村の洲乾島に遷したのが始まりとのこと。当時の横浜村は、入海を挟んだ東西に細長い陸続きの半島で、その先端の辺り、現在の北仲通に弁財天が祀られました。」(記事元:関内新聞)


鶴嶺八幡宮の厳島神社は、分社で小さな祠が厳島神社とのことですが、伊勢佐木町の方は名称も厳島神社ですし、大きな赤い鳥居がそびえたっています。関内の氏神様だそうです。

厳島神社は宗像三女神が祀られていますが、こちら伊勢佐木町(関内)の厳島神社も、羽衣町という所にありいかにも女神という感じですね。


赤い鳥居の厳島神社は、お稲荷さんと関連があるようです。伊勢佐木町の伊勢と、伊勢神宮も関係があると思います。伊勢神宮には豊受大神が祀られていますが、豊受大神は豊穣の神様、穀物の神です。

稲荷社の主祭神である宇迦之御魂神も穀物、豊穣の神ですので、豊受大神と宇迦之御魂神は、極めて近い神様であるといえます。

 

鎌倉 佐助稲荷神社

 

関内総鎮守の厳島神社の境内社は、豊受稲荷神社となっていました。私が思った通り豊受大神と宇迦之御魂神は、名前が違うだけの同じ神様のようです。

でも、なぜ厳島神社に稲荷社があるのでしょう?豊受大神が三女神のうちのどなかたと、同神だからではないでしょうか。

豊受大神=祓戸四柱の一柱のはやあきつひめ?これまでひっそりと行ってきた封印解除の過程で、どうやらそのようだと感じていたからです。

じつは、神様は元は同じなのですが、元の神様が分霊になって名前と働きが少しずつ違っているようなのです。元の神様は何でもできるけれど、分霊の神様に出来ることが、元の神様よりずっと限定されてしまうようです。神様の構造は複雑です。

さて、不思議な出来事というのは・・・

この関内総鎮守である伊勢佐木町の厳島神社のすぐ近くから、面白いものが出てきました。出てきたというのは物質ではなく、私の心の目で観たものなので誰にも物的証拠をお見せできないのですが。

 

 

出てきたのが写真のような手毬(てまり)です。なぜ手毬?手毬は、球体の下地に木綿や絹糸を巻いて、かがって色とりどりの糸を回して作る伝統工芸品です。調べてみると、色々なデザインがあって本当に素敵です。

私はある方法で封印解除を行うのですが、自分のフィルターがかからないように、先入観を極力排除するよう心掛けています。

私が「皮むき」と呼んでいるものですが。それは、出てきたものをもう一皮むいて、その中に潜んでいる本質を表層化しています。出てきたものが後に別の皮むきで、意味が解ったりすることがよくあります。「ああ、このことだったのか!!」ということが、最近頻繁に起きています。

手毬を皮むきをして出てきたのが、まん丸の真っ白い球でした。真珠色の珠のよう。その玉の周りが、なんとなく光っているように見えました。繭のようにも見えましたが違います。

 

 

絹糸の原料が繭ですので、手毬はとなんとなく繭と似てますね。そういえば、横浜山下帳には、シルク博物館がありました。通りにもシルク通りと名前がついています。